MMAって何だろね。

いやオマスキーファイトさんで紹介された、この長南コメントが気になったもので。

http://omasuki.blog122.fc2.com/blog-date-20100322.html

「向こう(アンドリュース・ナカハラ)は打撃に特長があるけど、僕は打撃や寝技に偏らない戦いをしたいと思います。あと相手を混乱させる戦い方ですね。打撃で来ると見せかけておいて、寝技でいくとか、あるいはその逆とか。とにかくMMAをやります」


うーん、ここで長南がMMAと言ってるのはどうやら「打・投・極」のことみたいなのだな。
古典的な意味での日本的「総合格闘技」。


でも、たぶん北米でMMAと言ってるのはそうではなくて。
スタンドではボクシング、スキをみればタックルしてレスリング技術でテイクダウンを奪い、パウンドでケリをつける。
ボクシング+テイクダウン→パウンド、これがアメリカ流のMMAではないのかと。


おそらく長南のいうMMAと、今現在の進行形のMMAは違う形になってるのではないかと思うのですね。
というと何か長南を批判しているようですが、そうではなくて。
むしろ長南のいうところの日本流総合格闘技に僕は愛着があります。


スタンドのボクシングだけで決着ついたりすると何か損した感じがある(苦笑)。
それならボクシングやムエタイやってりゃいいじゃん、と思ってしまうのだな。


理想を言えば試合展開は打撃60%・寝技40%。
でもフイニッシュは寝技70%・打撃30%。


パウンドはあくまでサブミッションへの突破口であってほしい。
まあたまにはパウンドアウトしちゃうとこもみたいけど、でもインサイドガードからではなく、きちんとパスガードしてマウントをとってパウンドKOしてほしい。
とにかく技術が見たいのだ、僕は。


見せるのは技術じゃなくて生きざまだよ、という論もあるかもしれない。
でも、その技術を習得するためにどれだけの血と汗と涙を流したか。
技術の披瀝から、それは自ずと透けて見えるものなのだ。
生きざまを表に出すよりも、その生きざまが透けて見えるような技術・ファイトを見たいのである。少なくとも僕はね。


なぜボクシングでもムエタイでもなく、柔道でも相撲でもなく、総合格闘技を、MMAを好きであるかと言えば、それは戦い方が自由であるからだと思う。
極限まで制約を無くした(最低限の制約がないと単なる喧嘩になってしまうけど)戦いの中で、その選手の人生が透けて見えるような試合をこぞ、僕は望むのだ。


今日のDREAM13でも、技術の応酬の中からその選手の人生が、生きていく上での意地が、こだわりが、透けて見えてくれる試合が展開されることを僕は期待したいと思います。
よい大会になるといいですね。


ではではまた。