15年前のルー・テーズ逝去の日、日本では誰がデビューしていたか。そしてその年末、日本プロレス界はその両者にどう報いたか。

すべては題名の通り。ルー・テーズとこの選手を絡めて取り上げるのは当コラムだけ(笑)。
以下、乱筆乱文ツイート転載、ご笑覧あれ。



>本日、鉄人ルー・テーズ15周忌。日本のプロレスの祖・力道山が終生尊敬し目標としたアイコンの命日であります・・・さて、この鉄人テーズがフロリダ州オーランドの病院で亡くなった日、日本でマットデビューしていたのは誰でしょう?・・・そう、実はボブ・サップなのですね!! PRIDE20の


>リングにおきまして、リングス休止後PRIDEに戦いの場を移したヤマノリこと山本憲尚相手にKО勝ちを飾っております。https://www.youtube.com/watch?v=ePjry7AmaBM(途中のみ。表記にK1とあるのは誤り) この後サップは田村・高山といったU系選手達を食い、さらにノゲイラ相手に(続


>名勝負を演じ、ついでにプロレスでも10月に新日ドームで中西、翌月WRESTLE-1グレート・ムタと対戦し、何とこの年のプロレス大賞МVPを受賞してしまうのでした…この年(02年)の明確なプロレス出場はこの2試合のみだったのですが(苦笑)。さて、サップがМVPを受賞した(続


>この年のプロレス大賞、逝去したルー・テーズにはどんな賞が贈られたのでしょうか?・・・答えは「無し」。いいですか、もう一度言いますよ、「無し」。どこをどう見ても、この年のプロレス大賞には「ルー・テーズ」の名前はないのです。http://www.tokyo-sports.co.jp/wrestling/wrestling_past4/(続


>つまりはこういうことです。「2002年の日本プロレス業界は、この年デビューしたばかりでプロレスイベントには2回しか出場していないサップにМVPを受賞させてその人気のおこぼれにあずかろうとし、創世期の象徴的アイコンであったテーズには何の敬意も示さなかった…」何て業界だよ(続


>と言わざるを得ないのですけどね(ちなみに5年後、07年のカール・ゴッチの逝去には特別功労賞を与えている)。今、新日本プロレスを中心とした日本のプロレス業界は会場レベルでは人気復興の兆しを示している。それは実にめでたいこと。しかし偉大なる先人の逝去に何の感謝も弔意をも(続


>示さなかった15年前のことを思い、もしそんな体質が今も残っているなら、いつかその繁栄も跡形もなく消え去ってしまうのではないか、とすら思ってしまうのであります。ちなみにサップは翌年の対ミルコ戦、翌々年の藤田戦での敗戦からガタガタと崩れゆき、今やわざとケガなく負けることに(続


>よりギャラを稼ぐのみの存在に堕している(一昨年大晦日の曙戦での勝利は実に5年ぶり白星)わけで。02年のプロレス大賞受賞の意味など何もなかった、実に実に見識のないことであったと断じざるを得ない。テーズ15周忌のこの日に、改めてその情けなさを明記しておくものです。妄言多謝。



こういうことを思い返し蒸し返すのも当ブログの役割でございます(笑)。


鉄人ルー・テーズの冥福を改めてお祈りいたします。
ではではまた。