12年後の2・26〜UFC144日本大会観戦記

2月26日午前9時20分、僕はさいたまスーパーアリーナの野外グッズ売り場にいた。
言わずと知れた、UFC144「エドガー対ヘンダーソン」日本大会の開始直前時刻である。
1年半前に、DREAM15青木対川尻が同会場で開催された時(2010年7月10日)をさらに上回る観衆が、午前9時台という微妙な時間帯にも関わらず会場に押し寄せていた。
会場周囲でエンセン井上廣田瑞人藤井惠といった関係者&選手の姿を多数目にしながら僕はある感慨に耽っていた。


2月26日といえば、12年前の2000年にリングスKOK準々決勝において田村潔司が「UWFのテーマ」を高らかに鳴らしながら入場し、ヘンゾ・グレイシーを破ったその日ではなかったか。その12年後、リングス休止(これが載るのと同時期の3月9日に再旗揚げ興行が行われるが)、PRIDEの隆盛と崩壊、K−1凋落などのさまざまな出来事を経ながら、今、「もう一つのU」が日本を侵略・占領しようとしている・・・。



感慨に耽っているうちに、第1試合の開始時刻9時30分になってしまった。ややあわてながら会場に入る。
自分の席に着いたときはちょうど第1試合田村一聖対ヂャン・ティエカンの1Rが終わったところ。2R、いきなりのハイキックからパウンドで田村が勝利を収めた時には、まだ6分入りながら会場が最初の大爆発。急なオファーによる代打出場にも関わらずのこの勝利はまさに快挙であり、この日の大成功の予兆のようにも思われた。


しかし第2試合の水垣偉弥対クリス・カリアゾは再三再四水垣がテイクダウンを奪って優勢に試合を進めていたにもかかわらず、判定はカリアゾに。この日のジャッジもネバダ州コミッションから派遣されていたようであるが、テイクダウンをパンチ一発ヒットくらいにしかとらえていないだろう判定基準にはMMAファンは到底納得しがたいだろう。毎回こういう判定の時に、デイナ・ホワイト社長が苦言を呈しては敗者にもボーナスを出すというパターンもそろそろ食傷気味である。何とか改善してほしいところだが……。


場内の憤懣やるかたないという風情を吹き飛ばしたのが第3試合福田力の入場とともに流された師匠格・長州力のテーマ曲「パワー・ホール」!! 試合も、交通事故での負傷明けというハンデを感じさせないファイトぶりでスティーブ・キャントウェルを圧倒。前回のニック・リング戦での不当判定による負けに腐らず精進してきた成果を見せて判定勝利を上げた。今後にも期待できる存在だといえるだろう。


一方、第4試合に現れた山本KID徳郁。新鋭ヴァヴァン・リー相手にパンチのラッシュで勝機をつかまんとしたもののことごとくブロックされ、苦し紛れに出したタックルでテイクダウンは奪ったものの、下からの三角→十字でもろくもタップ負け。リーに三角でとらえられた段階で客席から「あー……」とあきらめのため息が漏れてしまうところに今のKIDが置かれている状況が垣間見えてしまい、切ない(ちなみに、この後の休憩時間に山本姉妹がにこやかにファンとの写真撮影に応じている姿が目撃できたが、KIDの落ち込みぶりを考えるとやや複雑な思いにさせられた・苦笑)。


そして第5試合は五味隆典光岡映二。ジョージ・ソテロボロスの欠場によりこれまた急遽代打出場の光岡相手に、しかし五味は1Rカウンターを食らいダウンを奪われてしまう。2R光岡のタックルをさばいてのパウンドラッシュで何とか勝ちをもぎ取ったが、自己の得意分野である打撃で勝負してもらってさえ危うい場面があったのに、寝技巧者のソテロボロス相手だったらどうなってたか、と思わざるを得ない。五味・KIDのレジェンド二人は勝敗において明暗を分けたが、今後が不安であることには変わりがないといえる。


PPV&WOWOW放送の最初となった第6試合アンソニー・ぺティス対ジョー・ローゾンはわずか81秒でペティスのハイキックKО勝ち。ぺティスはこの日王者となったベンソン・ヘンダーソンにも判定勝ち(動画サイトで話題になった金網使っての三角飛び蹴りを披露している)しており、ある意味ベンソンにとってはエドガーとの再戦より警戒すべき存在であろう。


少し先走った。第7試合において日沖発は強敵バート・パラジェンスキーを打撃・寝技ともに完全圧倒。前回のジョージ・ループ戦苦戦で生じた不安を払拭してみせた。日沖・福田・田村・今回負けはしたが水垣にはまだまだUFC上位陣を大いに引っ掻き回す期待が持てると言えるだろう……ただ、そこから王座挑戦&奪取まではまだ遠い道のりなのだが。


そしてすでに昨年8月にアンデウソン・シウバへの挑戦(2RKО負け)を果たしている日本人エース岡見勇信は……格下と見られていたティム・ボーシュ相手に1・2R試合を有利に進めながらも、3Rボーシュのクリンチアッパーの前にまさかの逆転KО負け!! この時、客席に多数来ていた外国人客(電通による「仕込み」の招待客も混じっていたか?)から岡見のグラウンドの間中「ホウッ!ホウッ!」というような奇声による茶化しが入っており、それに日本人客も相当数呼応して一緒に奇声を上げていたことで、岡見のメンタリティに少なからずの影響を与えていたことも考えられる。これがかつて「世界で一番観戦態度のいいファン」とされていた日本のファンの態度なのだろうか(それも自国のエースの凱旋試合であるにもかかわらず!)。同国人として猛省を促したいところである。


第9試合「セクシー山」こと(選手紹介でも「セクシーヤマ」としかアナウンスされなかったのは少々悪ノリか・苦笑)秋山成勲対ジェイク・シールズの試合は、秋山がたびたび柔道技で見事なテイクダウンを取るのだが、残念ながらその後の展開がない。逆にタックルで金網に押し込まれたり、バックを取られチョークを狙われるなどの展開が目立つ。結果は3−0の判定負け。ちなみに秋山への(例のヌルヌル事件による)ブーイングが一部で問題になっていたが、僕の席からはひどいと思えるほどのものはなかった。ある意味「ブーイングキャラ」として定着してしまった、ということなのだろうか。それがかえって試合中も両者どちらを声援していいのか迷ってしまう中途半端さにつながってしまった気もするが。


第10試合、マーク・ハントUFCヘビー級強豪の一角をになうシーク・コンゴ相手に見事なKО勝ち!! 08年の大晦日メルビン・マヌーフ相手に18秒KО負けを喫して選手としてどう見ても「終わった」観があったことを考えれば、ハントの見事な復活はまさに大絶賛ものであろう。何より石井和義館長も谷川貞治プロデューサーも復活を未だなしえていないK−1がオクタゴンの中で、しかもハントによって復活されたかのように思えたのは、まことに痛快であった……たとえそれがほんの数瞬の錯覚であったとしても。


そしてそのノスタルジー錯覚を、さらに数十倍の形で爆発させてくれたのが、セミファイナルでのクイントン・ランペイジ・ジャクソンの入場であった。なんとあの「ダンダンダダン!!」で始まる「PRIDEのテーマ」での入場!! まさにこの日最大の盛り上がり・最大の興奮がこの場面であった。あたかも冒頭で書いた12年前2・26の「田村潔司・Uのテーマで入場」に匹敵するものがあった。当時PRIDEに抗してリングスで戦っていた田村がUのテーマをまとって入場した、その同じ日の12年後にランペイジが今度は「もう一つのU」UFCオクタゴンに「PRIDEのテーマ」をかき鳴らして上がっていく……試合そのものはランペイジが強烈なスラム(ノーザンライトボム?)を決めた以外はまったくといっていいほど相手ライアン・ベイダーのペースで終始したまま終わってしまった。ほとんど出オチと言ってもいいほどの有様。まあ計量時2・7キロオーバーしていたというのでは無理からぬところではあるが。それでもあのPRIDEテーマ入場という名場面を作り出しただけでも、ランペイジは今大会の成功を印象付けてくれた一人といっていいのだろう。


そしてメインのUFC世界ライト級タイトルマッチ、王者フランク・エドガー対挑戦者ベンソン・ヘンダーソンの試合は、まさに予想と期待に違わぬ激闘となった。とにかく両者のスピードが凄まじい。ノンストップで動き続け、しかも一瞬たりとも目が離せないのだ。2Rのベンヘンのペタラーダ(下からの蹴り上げ)が強烈ヒットしたことが中盤からのエドガーをやや失速させた感はあるが、それでも瞬時のスキが攻防を一変させかねない緊張感は試合の最後まで続いた。
前述したが、この日の観客は決して「世界で一番観戦態度のいいファン」と言えるほど行儀のいいファンではなかった。すでに記した岡見対ボーシュ戦での奇声ブーイングはあったし、さらにはランペイジ対ベイダーでもベイダーが上に乗っただけでブーイングするようなMMAファンらしからぬ行動も見られた。しかしその観客をして、このエドガー対ベンヘンは最終ラウンド開始と同時に拍手の嵐を巻き起こさせたのだ。まるでエドガーとベンヘンが二人して「世界最先端のMMAとはこういうものだ」とさいたまスーパーアリーナ超満員の観客に教えているかのような光景ですらあった。激闘の末の判定がベンヘン勝利を告げた時も、ため息こそ起これ不満の声など皆無であったのも当然であった。



大会終了後、陶酔と感嘆に満ちた人ごみの中で、
僕は36年前の猪木対アリに、24年前の第2次UWF旗揚げに、そして12年前この日のリングスKOK田村潔司のUのテーマ入場に再び思いを馳せた。
時の移り行きは僕らを遠い遠い場所へ連れて行ってしまったようだ。
12年後僕らはどこにいるのだろう? UFCに完全占拠され植民地の民として幸福な観戦をしているのだろうか? それともジャパニーズMMAの奇跡的復興が成り立ち、ガラパゴスながらも北米MMAとは一線を画した独立国となっているのだろうか? それとも占領も復興もなされず、MMAも(下手したら他の格闘技もプロレスも)死に絶えた島国で過去を懐かしみながら生きているのだろうか?
第3の可能性だけは無しにしてもらいたいのだが。


〈追記〉
この原稿を遅ればせながらまとめた段階で、3・3(現地時間)ストライクフォースにおいて三崎和雄が非UFCウェルター級の強豪ポール・デイリーをスプリット判定ながら破る快挙が伝わってきた。UFC日本大会に出場した秋山と、いわずとしれた2007年大晦日「やれんのか!」で名勝負を演じた三崎のこの勝利はまことに喜ばしい。たまアリでの日本人勝利者(田村・福田・五味・日沖)の列にもう一人三崎も加わったかのようである。SFでそのままやっていくのもいいが、UFCオクタゴンでその剛拳を振るう姿もやはり見たい。
ジャパニーズファイターの挑戦は、やはりまだまだ終わらない。


ではではまたー。