今さらながら、猪木対アリ(そしてその神話)を語る。

えー、まことに遅ればせながら、先日テレ朝で放送された猪木対アリについての特番を某所でのお友達のご好意で観ることが出来ました(^^;)。


で、この一戦についての僕の興味は一つ。


「猪木対アリにおいて、組み技(関節技・絞め技)は禁止されていたのか?」


であります。


よく、「ルールによってすべてのプロレス技が禁じられていた」とされるこの一戦ですが、僕の知る限り猪木対アリに寝技の禁止規則(時間制限含む)が設けられていたと明確に書いてある活字本(ただし信頼の置けるもの)はただの一冊もないんですよ、これが。


ウイキペデイアでさえこんなあいまいな書き方です。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E7%8C%AA%E6%9C%A8%E5%AF%BE%E3%83%A2%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA#.E3.83.AB.E3.83.BC.E3.83.AB


>当時、現役プロレスラーであった山本小鉄は、サムライTVの番組内にて「アリは単にエキジビションのつもりで来日したが、公開スパーリングでの猪木の本気振りを観て驚き、突然『試合をキャンセルする』と言い出し、頑として聞かなかった。その為『どんなルールでも構わないからとにかく試合をしてほしい』と交渉した結果、あのルールになった」と話している。
>ただし、主にプロレスマスコミを通して喧伝されたこの経緯については異説があり、新間寿は、猪木と仲違いしていた時期に、プロレス技禁止の話はなかったと証言したことがある。
>しかしながら、古参の一般紙マスコミが残した日記には「なげ技とカンセツハキンシ、アリの頭へのと、イノキ立ったままでキックは禁シ」(原文のまま)と書かれている。


当然ながら、「古参の一般紙マスコミ」というだけで誰の日記(そもそも「日記」?^^;)なのかも明確にしていないこの記載が何の資料的意味ももっていないことは明らかです。


僕が知る限り猪木対アリの反則規定はこうです。
以下「週刊ファイト別冊アントニオ猪木引退記念縮刷版」から。


(1)ゲンコツでベルト以下の部分を打つこと
(2)ヒジまたはエルボーで身体の如何なる部分を打つこと
(3)身体の如何なる部分にても相手の急所を打つこと
(4)頭突き
(5)指・オープングローブ、または手で相手の目をジャブ、指突き、またはえぐること
(6)レフリーによってブレーキされた後のパンチまたはアタック
(7)首の後部、脇腹への如何なるブロー
(8)グローブをはめない素手の横にて行われる如何なるチョップ
(9)のど、またはのど笛へのパンチ、またはのど打ち


「ヒジまたはエルボー」とか「ブレーキ(たぶんブレイク・笑)」なんて変な文章だなあと思うけど、原文通りなのですねこれが(たぶん英文を訳している段階で変になったのではと・苦笑)。


で、見れば分かりますが寝技については全く触れられていないんです。
さらには「あの状態(寝た状態)でなければ蹴られない」なんてことも全くない。


このルールを見てなぜプロレスマスコミが騒いでたかというと、
「バックドロップとかは首の後ろへのブロー(打撃)に当たるから使えないし、空手チョップも使えない。これでは猪木は不利だ」
とか騒いでたんです(苦笑)。
いやお笑いだろうけど、33年前はそうだったんですよ。マスコミなんてホントそんな次元だった。


で、「裏ルールがあって全てが禁じられてたんだ」というのは全て猪木サイドの言い分です。アリ側には誰も聞こうとしない(今回の特番でも案の定そうでした)。
「裏ルールなんてホントにあったの?」と疑われてもやむを得ないでしょう。
新間さんも「猪木と仲違いしていた時期に、プロレス技禁止の話はなかったと証言し」ていたわけだし(苦笑)。


さらには、実際に裁いたジーン・ラーベルが「決まるとすれば(猪木の)ボストンクラブ(逆エビ固め)だろうと思っていた」と証言していたり、
試合のインターバル中にアリが「さっさと寝技につき合ってあいつをノックアウトさせてくれ」と言ったのに対し、「それはやめた方がいい。一度バックをとられたらアームバーかアンクルロックであっという間にお前の腕か足がへし折られるぞ」とフレッド・ブラッシーが忠告した、というエピソードからしても、組み技・寝技が制限されてたとは到底思えないのですよ。
(前者は『猪木-アリ戦の真実』週刊ゴング増刊号、後者は柳澤健「1976年のアントニオ猪木」から)




さて今回、実際にその特番での映像で、この一戦改めて観てみると・・・。


やはり僕は「この試合に組み技・寝技の制限規定(=裏ルール)はなかった」と断ぜざるを得ない。


なぜなら、猪木さんがスタンドの場面でも、アリはジャブしか打っていないからです。なぜ打てないのか。組み技・寝技を恐れ、組み付かれるのを恐れていたからに他ならないでしょう?


もし組み技が禁止・制限されているのならここまでアリは怖がる必要はない。とっととストレート・フック・アッパーをたたき込んで猪木さんをKOしてよかったんです。
ところがそうしない。
それどころか、猪木さんが組み付きテイクダウンした場面でさえ、レフリーのラーベルはカウントをとったりしてないんです。ブレイクしたのはあくまでロープ際であったため、もしくは猪木さんが反則のヒジ打ちを放ったため。
組み技に何の制限もなかったのは明白でしょう?


じゃあなぜ「組み技が禁止・制限されていた」という神話がまかり通っていたのか。
それは猪木さんが寝ながら蹴っていた、あのアリキックの場面があまりにも印象的であったからです。
実際には猪木さんがスタンドで身をかがめながら、タックルの機会をうかがっていた場面も多々あった。ところが寝て蹴っている場面があまりにも印象的であったため、試合のすべてがそうであったかのようにイメージされてしまった。
そしてまた、猪木さんが自分の戦術を正当化するために、「すべての組み技・寝技が禁じられていた」がごとき言動を試合後くり返した。
そのイメージ操作があまりにも成功してしまったのが、プロレスフアンにとってのこの30年間ではなかったのかと。


唯一の謎は試合前の会見で猪木さんが「わたしは手かせ足かせをはめられた状態で戦わねばならない」と言っていたこと。これは何を意味していたのか?
これは推測でしかないのですが、猪木さんは万が一寝技で極められなかった時のために逃げ道を用意していたのではないか(笑)。


・寝技で極められた場合→裏ルールがあったが、直前で取り消すことが出来た
・寝技で極められなかった場合→裏ルールのために(以下略・笑)


そう逃げ道を用意し、結果は後者になった・・・。
そもそもホントに裏ルールがあれば、そんな暴露するようなことは言えないはずで(苦笑)。
アントニオ猪木という人はそのくらいの小細工はたやすくする人ですよね(笑)。
その狡猾さと崇高さが一つの人格の中に矛盾せず入ってるのが猪木さんという人であるはずで。



最後に猪木さんを一つだけ弁護しておくならば。


僕が思うに、猪木さんがアリを極められなかったのは、
「ロープブレイクがフリー(無制限)であり、またロープ際の攻防にストップアンドドントムーブがなかった」
からです。
これだけでも実はもの凄く不利なルールなんですよ、猪木さんにとっては。
ロープ際の攻防になったらストップがかけられ、中央に戻されてまた再開される、そういう当たり前のルールがなかったということは、どれだけ猪木さんにとって不利だったか。


そういう史上初の場面に出くわし、そして極めきれなかったとしても猪木さんは決して評価を落とすことはないと思います。
ただそれは現在の自分らが見てのことです。
当時の人々は誰も理解できなかった。
そしてその周囲の無理解に対し、猪木さんが必死に「裏ルールの存在」を捏造して自己弁護に走ったとしても、それは決して責められないことなのではないかと。



そのことはこの一戦を見る上でよくよく承知しておくべきだと思います。
以上です。