こんなんでした(ふるきちのスガシカオ論・再録)

ミヤさんのリクエストにお答えして再録。長いけどどうぞ(苦笑)。
例によってジャスラックさん見逃してね(^^;)。


スガシカオという情念

                               古橋ススム
 曲の冒頭部分だけを聴いて胸を揺さぶられる(陳腐な表現をするなら「ビ
ビッとくる」というやつだ)ことは滅多にあるものではない。
 僕にとっては5年前(注・99年当時)、小沢健二スチャダラパーの「今夜はプギーバック」が深夜ラジオから流れて来た時がそれに近かったが、それとても曲の
全体を聴き終わった上での衝撃であり、冒頭のみを聴いての衝撃ではなか
つた。しかし一昨年、あるCMで使われていた曲のイントロを聴いただけ
で、僕の中の何かが確かに揺さぶられたのだ。
 覚えていられる方もおられるだろうか。あのトムとジェリーが車に乗り
ながら、悪漢風にニヤリと笑う印象的なCMだ。


 僕らが確かに 今いい大人になったからって
 全ての事を許したとでも 思っているのかい?
 あの時のイタミ あの言葉の意味
 今でも ドキドキしちゃう


  ぞくり、とした。次の日CD店に行き、クレジットされていたスガシカ
オという奇妙な名前のアーティストのファーストアルバム「CLOVER」
を早速買った。車の中でその曲「ドキドキしちゃう」をもう一度聴くと、
最初の”ぞくり”はますます深いものになった。その後はこう続くのだ。


 君のそばで 今笑顔を作って話してるからって
 全てを水に流したとでも 思っているのかい?
 あのころの日々 そして笑顔の意味
 思い出して ドキドキしちゃう


 (中略)


 あの時も僕はほんの少し 考えていたんだ
 君に好かれるためには どうすればいいのかって
 コピを売りまくって 優しい人になって
 今でも ドキドキしちゃう
 どうしてそんな浮かない顔して 黙っているんだい
 気まずいことが頭をよぎって 焦っているのかい
 こんな僕の話 聞かないフリして
 幸せだって そう言い切っちゃえ


 時が経って 記憶なんて
 心の中で溶けて しまえばいい
 僕にとって 君にとって
 素晴らし過ぎる朝が くればいいのに


 何と情景が目に浮かんでくる歌詞だろうか。正直いわゆるビジュアル系
の歌詞などを見ると、上っ面だけのキレイゴトが並んだいかにもカラオ
ケで盛り上がるためだけの歌詞であることが多い。しかし、スガの歌詞は
どうだ。かつて愛し合っていた女の心変わり、別離そして時を経ての(そ
う、クラスの同窓会あたりだ・笑)再会、表面上はとりつくろって話を
合わせているが、やがて少しずつ口から出てしまうつまらぬ言葉(そう
「彼とはどうなったの」とかだ・笑)、ああこれは言ってはいけないのに、
とは思いながらも言わざるを得ない"あの時のイタミ" 。彼女の顔が陰
っていくにつれ、込み上げてくるサディスティックかつマゾヒスティックな
情念…まさにスガシカオの世界は情念の世界なのだ。
  その情念はこのファーストアルバムの他の曲にも存分に現れている。 た
とえばスガのファーストシングルとなった「ヒットチャートをかけぬけろ


 生きてゆくために 何をすればいいかなんて
 僕の父さんだって きっとわかっちゃいないのに
 さんざん頑張って 僕がたどりついたのは
 どっかで聞いたような サルマネのコンセプト


 僕の卑しき魂よ ヒットチャートを走り抜け
 君の胸に届くがいい 家族の前で歌ってほしい


 一人のシンガーソングライターのデビュー曲として、これほど明確に
自己のポジションを歌い上げた曲を僕は他に知らない。確かに僕らに残され
たコンセプトなぞは、その全てが以前あったもののサルマネにほかならな
い。しかし大抵のミュージシヤンはそれに目をつぶり、あたかも自分が
初めてその主題を歌い上げたかのような面をしてローティーンの小銭を巻
き上げるための曲を量産していくのだ。ちょっと余談になるが、ある若手
女性シンガーのシングルを買ったとき、表題曲はまあ良か
ったのだが、カップリング曲の歌詞を見て正直あきれた。


 “悩んだって仕方ないよ(中略)
 この長いRUNWAYから
 青空へT A K E O F F!"


 …恐ろしく手垢のついた言葉の羅列、正直シングルを買っ
たことを後悔したね。でもこんな歌詞で感動する女の子も
いるんだろうな。けっ。…話がそれた。
 スガはおそらくそういった欺瞞を許すことが出来ないタ
イプの人間なのだ。彼の情念とそれに裏付けられた志がそ
れを許さないのだ。常に自分の「卑しき魂」から目をそらさ
ず、そしてむしろそれを叩きつけていくことによってしか、ついに他人の
胸を打つ事は出来ない、おそらくそのことを誰よりもスガという男は知っ
ているのだ。そしてその情念と志はアルバム最終曲「黄金の月」に見事な
形で結実している。少し長い引用になるが、我慢してほしい。


 僕の情熱はいまや 流したはずの涙より 冷たくなってしまった
 どんな人よりもうまく 自分のことを偽れる 力を持ってしまった


 大事な言葉を 何度も言おうとして
 吸い込む息は ムネの途中でつかえた
 どんな言葉で 君に伝えればいい
 吐き出す声は いつも途中で途切れた


 知らない間に僕らは 真夏の午後を 通り過ぎ
 闇を背負ってしまった
 その薄明かりの中で 手探りだけで
 何もかも うまくやろうとしてきた


 君の願いと 僕の嘘をあわせて
 6月の夜 永遠を誓うキスをしよう
 そして夜空に 黄金の月を描こう
 僕に出来るだけの 光を集めて
 光を集めて・‥


 ここまででもはや十分に感動的なのだ。ここで終えてもいいのだ。しか
しスガという人間はここで終える欺瞞を許すことが出来ない人間なのだ。
・・・この歌はさらにこう続く。


 僕の未来に 光などなくても
 誰かが僕のことを どこかで笑っていても
 君の明日が 醜くゆがんでも
 僕らが二度と 純粋を手に入れられなくても


 夜空に光る 黄金の月などなくても


 最後には何と誓いの象徴であるはずの「黄金の月」さえも否定してしま
う。 しかし真の始まりはそんな依存の対象である「黄金の月」を否定しな
いことには始まらないことを、スガは知っているのだ。もはや僕らには純
粋など残されていないし、「黄金の月」も浮かんではいない。それでも、
僕らは生きて行かねばならないし、人を愛さずにはいられないのだ。そん
な絶望からの出発をスガという男は歌わんとしているのだろう。
 そのあまりの情念の深さゆえにスガの音楽はついに一般性をもつことは
あるまい・・・そう思っている矢先に、スガ作詞のSMAPの「夜空ノムコウ
が大ヒットした。残念ながら、レコード大賞こそSMAPのリーダー中居
正弘が紅白の司会になったため出席できず逃すことになったが、98年の
年間チャートの1位を獲得し、スガの天才は誰もが知るところとなった。
 だが「夜空ノムコウ」はあくまで「夜空の向こうには、また明日が待っ
ている」というポジティプな救いが残された歌でありスガの絶望的なまで
の情念が全面的に押し出された歌とは言えない。また、スガ自身もセカン
ドアルバム「ファミリー」ではややかつての情念を薄めたポップな作風に
傾いており(スガの作曲センスはもともとかなりポップかつファンクなも
のである)、少しずつ作風の変化を感じる。
 しかし!スガにはまだまだ情念的でいてほしいのだ(もっとはっきり
言えば不幸でいてほしい・笑)。なぜならこの1億総ハッピーマニアな日
本にあって、「ほんとうのこと」を唯一語れるソングライターがスガだから
である。もう一度あの「ドキドキしちゃう」の歌詞の最後の部分を引用してこの稿を終わろう。


 どれだけ君がすばらしい大人になったからって
 どんなにたくさん 慈悲の心を持っていたって
 ずっと僕の胸に 紙芝居のように
 めくるたび ドキドキしちゃう
  …ドキドキしちゃう!